「おまえの母に、よく似てきた」


父はこの言葉を、たいそうつらそうに、つぶやきました。



父には、別れた妻がおりました。父がそのひとと別れたのは、わたくしがまだほんの小さ な子供だった頃のことですから、わたくしはそのひと−つまりわたくしの母さま−のこと はほとんど覚えておりません。ただ記憶にあることといえば、母はそれはそれは美しい、 長い髪をもっていたということ。わたくしはその髪に触れるのがとても好きでした。


今、このお屋敷で一緒に暮らしているのは、お花を育てるのが上手なおばあさまと、読書が好きな父さまと、いちばん歳の近い(と言っても、十も離れているのだけれど)、住み込 みで働いてくれているユキさん。あとは車の運転をしてくれるオギハラさん(おちゃめですてきなおじさまなの)。みんな、わたくしの大好きな家族。

…大好きなのだけれど、おばあさまは、別れた母さまのことがあまり好きではなかった様子で、わたくしが昔いちど母さまのことを尋ねたとき、一瞬、怪訝そうに顔を歪めたのです。
大好きなおばあさまのあんな顔は見たくありませんから、わたくしはあれ以来おばあさまに母さまの話はしておりません。


ところが最近、あるできごとがありました。


ある休日、いつものように、ユキさんがお茶を煎れてくれたので、わたくしはテーブルをユキさんに任せておいて、おばあさまを呼びに行きました。扉をノックして部屋に入ると、おばあさまが扉からのぞいたわたくしの顔を見て、なにかすごく嫌なものを見たかのような表情を浮かべたのです。お茶に誘うとすぐにいつもの穏やかな表情に戻っていましたが、わたくしはさっきの表情のわけがなんなのかまったく見当もつきませんでした。


そのようなことがあった後、おばあさまはわたくしに、しきりに髪を結うように、もしくはいっそ、肩に揃えてしまいなさいと言うようになりました。 おばあさまだけではありません。父さままで、わたくしと会話をしていると、時折、ふと切なげな、曇った顔をみせるようになったのです。
ですが、わたくしもいつまでも物事のわからない子供ではありません。理由はわかっております。


二人は、わたくしの髪が長く伸び、別れた母さまに似るのを、懸念しているのです。


学友のナツキさんも、カナエさんも、長い髪をかわいらしく流していて、わたくしがいつ も髪を伸ばさず途中で短くしてしまうのを、もったいない、と言ってくれるのですが、髪を伸ばさないという、ただこれだけのことで、父さまやおばあさまの、あのような顔をみなくてすむのなら、わたくしにはほんの苦痛にもなりません。




「おまえの母に、よく似てきた」





ですから今日も、わたくしはこの髪に、鋏をいれるのです。










200707

とある少女の、おもうこと。